正倉院について

宝物について

 前記のような由来をもった正倉院宝物は,そのほとんどのものが奈良時代,8世紀の遺品であり,波濤をこえて大陸から舶載され,あるいは我が国で製作された美術工芸の諸品や文書その他です。

 いま宝庫に伝えられている宝物の点数は,整理済みのものだけでも約九千点という膨大な量に上っており,またその種類も豊富です。試みに用途別に分類すると,書巻文書,文房具,調度品,楽器楽具,遊戯具,仏教関係品,年中行事用具,武器武具,飲食器,服飾品,工匠具,香薬類など生活の全般にわたっており,奈良時代の文化の全貌を眼のあたりに知ることができます。製作技法について見ても,金工,木工,漆工,甲角細工,陶芸,ガラス,染織など美術工芸のほとんどすべての分野におよび,平脱,木画,螺鈿,撥鏤,三彩,七宝といった高度の技法を用いたものが多く,使用材料の種類も豊富です。光明皇后奉献の趣旨と品目を記載した献物帳,樹下美人像で知られる鳥毛立女屏風,世界唯一の遺品でもある華麗な五絃琵琶,遙かなシルクロードの旅路を偲ばせるカットグラスの白瑠璃碗,黄金・珠玉で飾った犀角如意,現存最古の戸籍である大宝2年(702)の戸籍,狩猟文その他異国要素の文様をもった正倉院裂の数々,その他著名な宝物だけでも数え上げるときりがありません。

 このような内容をもった正倉院宝物はまた,次のような重要な特質をそなえています。それはまず由緒伝来や製作年代,使用年代の明らかな宝物が少なからず含まれ,このため学術上寄与するところが多いことです。次に宝物が出土品ではなく,伝世品であるという点です。古代の遺品といえば,多くは地中から発掘されたものですが,正倉院宝物は出土品ではなく,木造の宝庫に納められて,千二百年余にわたって伝世してきたものです。従って保存状態も良好で,伝世品としての品格と美しさを保持していることは,誰もが感嘆するところです。さらにいまひとつの特質は,世界性です。正倉院の宝物は,国際色豊かな中国盛唐の文化を母胎とするもので,大陸から舶来した品々はもとより,国産のものもまた,その材料,技法,器形,意匠,文様などに,8世紀の主要文化圏,すなわち中国をはじめ,インド,イランからギリシャ,ローマ,そしてエジプトにもおよぶ各地の諸要素が包含されています。なかでも注目されるのは,西方的色彩の濃厚なことですが,西方の要素は盛唐の文物に取り入れられ,やがて我が国に伝来して,正倉院にとどまっているのです。「正倉院はシルクロードの終着点である」という言葉は,この宝物のもつ世界性の一端を言いあらわしたものといえるでしょう。正倉院宝物は,単に奈良朝文化の精華を示すだけでなく,実に8世紀の世界文化を代表する貴重な古文化財なのです。